B:薬効の怪象 イラーヴァティ
アルカソーダラ族の古語で「癒やし」を意味する。問題は、この象がなぜそう呼ばれるかだ。なんと、当地の錬金術師たちを襲い、秘薬や霊薬をしこたま飲み干し、力をつけているからなんだとか。その噂を聞いた医学部の教授たちが色めき立ってな。錬金薬による野生生物への影響を研究したいとかで、この暴れ象を倒し、標本として回収してくるようにと言い出した。
近づくだけでも危険だというのに、気楽なものだな。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
確かにつぶらな瞳の小象なんかがピョコピョコ走り回る姿には癒される。だが、こいつはデカすぎる。サイズだけで言えばあたしが癒されると言ってる小象の少なく見積もっても10倍近くはある。目なんか、ほら血走って赤くなっているのだ。
足を踏み鳴らしてドン引きするほどの砂埃と轟音と振動を撒き散らしているのだ。
どの要素を切り抜いても可愛さの欠片もない。
あたしは振り返って依頼主集団であるシャーレアン大学の教授連中を見た。大きな岩陰から顔だけを出し、雁首並べて口パクで行けっ行けっといっている。
お前らもちっとも可愛くない。あたしは大きなため息をついて象の方に向き直った。
この怪物象の名は「イラーヴァティ」。アルカソーダラの言葉で「癒し」という意味らしい。サベネアでは旅人や現地の住民が象に襲われることはそう珍しいことではないのだが、行商の商隊が襲われたのは初めてらしい。しかもそれが運悪く錬金術師たちの商隊で、さらに運悪く手持ちの秘薬や霊薬を売り尽くす勢いで大量に輸送していたらしい。
それだけならまだ癒される。商隊を襲ったこの化け物級の巨大象は何を思ったのかとち狂ったのか、積荷の秘薬や霊薬を殆ど全部飲み干してしまったというのだからさらに癒されない。
その結果ハイになるだけではなく秘薬や霊薬の効果で体中の血管が浮き出る程とんでもなく強化され、テンションはMAX、目は血走って一秒もジッと出来ずに足踏みしている状態なのだ。
ただでさえ皮膚が厚くて攻撃が通りにくく、力が強くて重量もある象さんは戦いにくいというのにジャンキーの象さんなんて避けて通りたいくらいだ。どうしてもというなら最初からブースト攻撃してさっさと終わらせたいところだが、後ろのシャーレアン大学の雁首教授連中は動物に対しての薬効やら何やらを色々調べたいらしく「出来れば生きたまま」などと言い出す始末で、ほとほと勘弁してもらいたい気持ちでいっぱいだった。
それでも唯一の救いは、あたしの仕事ぶりが優秀過ぎて、研究できない程バラバラにしたり、こんがり焼いたりしないかどうか心配で監視のためにわざわざついて来たのだが、実際のジャンキー象の状況を見て「死体でも可」といい出したことだ。
しかし、それでも中にはなるべく綺麗な状態でないと報酬は払わないなどと言い出す頭でっかちのケチンボも居て、あたしは戦う前からなんだか敗戦気分だった。
教授連中の無声音の圧力に押されてあたしは嫌々杖を構えた。それをみた相方もやれやれと言った面持ちで剣を鞘から抜き放った。
さて、どう攻めたものか…。あたしは相方にチラっと目配せをすると唐突にジャンキー象の方に真っすぐ走り出した。
黒魔導士のあたしは当然相手との距離があったほうがいい。
むしろ間合いに入らなくて済むから黒魔導士になったと言っても過言ではないのだが、そのあたしが盾役の相方より前を走ってジャンキー象の注意を先釣りしているのだ。雁首教授どもはさぞ驚いた事だろう。あたしはチラ見したが雁首どもは岩陰に引っ込んでいた。
とにかくジャンキー象の間合いギリギリまであたしはそのまま走った。動物、とくに興奮している動物は視界を動くものに特に注意を引かれる。案の定、象さんは真っ赤な目であたしを見ながらパオ~ンと吠えた。象さんが長い鼻を小さく左右に振ってからぶーんと頭上に挙げた。鼻で薙ぎ払うつもりなのは見え見えだった。あたしはスピードを落とさないまま間合いに入るすんでのところで90度左に曲がって走り抜けた。象さんは鼻をあげたままあたしを追おうと首を曲げた。
「今!」
あたしは相方の方も見ないで叫んだ。象は気付いていなかったがあたしのすぐ後ろを相方が姿勢を低くして走っていた。顔をあたしの方に向けている象さんの首は皮膚も筋肉も伸び切っている。どんなに刃を通しにくいものでもピンと張っているものは簡単に切れる。相方は歩幅を合わせて踏み切ると象さんの首の高さまで飛び上がり、皮膚も筋肉も伸び切った首を体重を乗せた剣で切り裂いた。頸動脈を完全に断ち切られた象さんは薬のせいで血圧が上がり、血流も良くなっている事も相まって、まさに噴水のように血液を噴き出しながら崩れ落ちた。